10月の第1週はノーベル賞の発表が恒例行事となり、世界各国のメディアが賞に応じてスウェーデンの首都ストックホルムかノルウェーの首都オスロに集結する。
大きな国際会議の会場になることを除けば、北欧がこれだけ注目を浴びることは少ないだろう。
日本人に受賞者が出ると、日本では大ニュースになるが、外国人の受賞者となると、顔と名前は分かっても詳しい様子はあまり伝わってこない。
だが、日本人と変わらず、大いなる名誉にどの受賞者も大喜びのようだ。
2008年のノーベル賞の外国人受賞者は13日に発表される経済学賞を除いて、
○- リュック・モンタニエ氏(世界エイズ研究予防財団)、フランソワーズ・バレシヌシ氏(仏パスツール研究所)、ハラルド・ハウゼン氏(独がん研究センター)=医学・生理学賞
○- マーチン・チャルフィー教授(米コロンビア大学)、ロジャー・チェン教授(米カリフォルニア大サンディエゴ校)=化学賞
○-ル・クレジオ氏=文学賞
○- マルッティ・アハティサーリ氏(元フィンランド大統領)=平和賞、となった。
国際舞台でも名の知られたアハティサーリ氏や、一般にもなじみのある文学の世界にいるクレジオ氏の2人以外は科学の専門家でない限り、どういう人か思い浮かぶことはまずないだろう。
ただ、ノーベル賞の受賞理由をこの数年、眺めてみると、門外漢には無縁に見える科学分野の受賞も実は身の回りの生活の進歩にかかわっていることが分かる。
病気の治療法の確立や薬の開発といった人類を救う業績に焦点が当てられているようだ。
ノーベル賞でもうひとつあまり見かけないのが発表瞬間の様子だろう。
受賞者が世界的にも大物で話題の人物となることが多い平和賞ではオスロでの発表がテレビ映像で流れるものの、科学関係や文学賞はいたって地味だ。
いち早く受賞者を知るとなると、インターネットでの発表を待つのがいまや常識になっている。
注目されるのは受賞者だけに、ストックホルムでの発表記者会見はあまり興味を引かないのかもしれない。
現在はそれぞれの発表機関の責任者が会見の場で受賞者の顔写真を投影しながら行っている。
ただ、かつてはどうだったかは定かではないものの、ノーベル賞受賞をめぐる陰謀を描いた映画「逆転」(The Prize、1963年)では、発表機関の責任者が所定の時間、場所に集まった世界各国の報道陣を前に、机の上に発表文を無造作に仏頂面で放り投げるシーンから始まっていた。
ノーベル賞受賞をメーンに扱った娯楽作品は他に見当たらないだろう。
しかも主演は先ごろなくなった米人気俳優のポール・ニューマン。
文学賞を受賞した若き米国人作家の役で、その受賞発表に続いて日本も含めた世界各国のメディアが一斉に打電するシーンが興味深い。
映画のつくられたシーンとはいえ、授賞理由の意味合いを伝えようとするところはいまの現実ともあまり違いはないようだ。
ノーベル賞はダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの遺言に基づいて1901年に設置され、世界的な権威を持つ賞として色褪せることなく続いている。
経済学賞を除いて賞金の原資はノーベル基金で、ノーベルの命日である12月10日に毎回、授賞式が行われる。
授賞者を予測することは難しいが、授賞者の世界へのメッセージや現代世界の実情を反映している場合が多い。
2007年の平和賞では、気候変動対策に取り組むアル・ゴア前米副大統領が共同受賞者に選ばれた。
現在は環境問題も平和賞の対象に組み込まれている。2008年は医学・生理学賞でエイズウイルスの発見が取り上げられた。
純粋な学問の世界にとどまらず、広く社会に応用され、世界の発展や改善に寄与したことが授賞の要因になっているようだ。
それだけに授賞に意外性もある。
ノーベル賞は受賞者だけでなく、現代を生きる者にとって授賞の意味を考えさせるものでもあり、いまも権威を保っている理由がそこにあるようにみえる
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